札幌高等裁判所 昭和41年(ネ)173号 判決 1967年12月26日
第一七三号事件控訴人(一審原告) 精工コンクリート工業株式会社
第一七四号事件被控訴人・第二七八号事件附帯控訴人(一審原告) 北州林業株式会社
第一七三号事件被控訴人・第一七四号事件控訴人・第二七八号事件附帯被控訴人(一審被告)大同コンクリート工業株式会社
主文
附帯控訴にもとづき、一審被告大同コンクリート工業株式会社は一審原告北州林業株式会社に対し、原判決添付別紙第一図面表示のコンクリートブロツクの製造販売を差し止める権利を有しないことを確認する。
一審原告精工コンクリート工業株式会社の当審における請求を棄却する。
当審における訴訟費用のうち、一審原告精工コンクリート工業株式会社と一審被告大同コンクリート工業株式会社との間に生じた分は同一審原告の負担とし、一審原告北州林業株式会社と一審被告大同コンクリート工業株式会社との間に生じた分は同一審被告の負担とする。
事実
一審原告両名訴訟代理人は、控訴および附帯控訴の趣旨として、「原判決を取り消す。一審被告は一審原告両名に対し、原判決別紙第一図面記載のコンクリートブロツクの製造販売を差し止める権利のないことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。」との判決を求め、一審被告訴訟代理人は「一審原告両名の当審における請求を棄却する。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、左記のほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一審原告両名訴訟代理人は「一審原告らは、原審において、原判決添付別紙第一図面表示のコンクリートブロツクの所有権にもとづき、一審被告が一審原告らの右コンクリートブロツク製造販売行為を妨害してはならない旨の判決を求めたが、当審においては訴を交換的に変更し、一審被告の一審原告らに対する右コンクリートブロツク製造販売行為の差止請求権が存在しないことの確認を求め、原判決事実摘示の請求原因第三項を、第一審被告は第一審原告らの前記コンクリートブロツクの製造販売を差し止める権利はなにも有しない、と改める。」と述べ、一審被告訴訟代理人は、「一審原告らの訴の変更に異議がない。」と述べた。
証拠<省略>
理由
一、一審原告らが原判決添付別紙第一図面表示のコンクリートブロツクを製造販売していること、一審被告が、右一審原告らの製造販売行為は一審被告の実用新案権および意匠権を侵害するものと主張し、昭和三九年一〇月三日付内容証明郵便をもつて一審原告らに対しそのコンクリートブロツクの製造販売の差し止めを請求し、右書面がその頃一審原告らに到達した事実は当事者間に争いがない。
二、一審被告は、その所有の実用新案権(登録番号七五七、二〇七号)にもとづき上記一審原告らのコンクリートブロツク製造販売行為に対し差止請求権を有する、と主張するが、当裁判所は、一審原告らの製造販売にかかるコンクリートブロツクは一審被告の有する右実用新案権の権利範囲に属さず、したがつて一審被告はこれにもとづき一審原告らの右コンクリートブロツク製造販売行為を差し止める権利を有しないものと判断するものであつて、その理由は原判決の理由二(原判決一一枚目表初行から一五枚目表九行まで)と全く同一であるから、ここにこれを引用する。
三、一審被告が訴外太田重良の製作にかかる原判決添付別紙第三図面表示の構築用コンクリートブロツクの意匠につき昭和三八年五月三一日意匠登録の出願をし(出願番号昭和三八年意匠登録願第一三、四八〇号)、これが昭和四〇年一二月一七日登録番号第二五五、三三三号をもつて意匠登録されたこと、一審原告らが右意匠権と同一内容の本件コンクリートブロツクを現に製造販売していること、はいずれも当事者間に争いがない。
四、一審原告らは、一審被告が右意匠登録を出願した日以前から本件コンクリートブロツクを製造販売し、いわゆる先使用による通常実施権を有する、と主張するので判断する。
(一) まず一審原告北州林業株式会社についてみるに、官署作成部分の成立に争いがなく、その余の部分につき原審証人山添兼義の証言により成立が認められる甲第一〇号証、原審証人山添兼義の証言により成立が認められる甲第七号証、原審証人山添兼義、同水谷高治の各証言および弁論の全趣旨を総合すると、(1) 土木建築業を営む訴外山添兼義は昭和三六年四月頃、北海道庁の職員である訴外太田重良の創作にかかる本件コンクリートブロツクの製造を北海道庁十勝支庁林務課治山係長から勧奨され、これが意匠登録出願されることを知らないで、その頃右コンクリートブロツク製造用の型枠を製作し、これを用いてコンクリートブロツクの製造を行うようになり、昭和三六年中に十勝支庁長の発注にかかる中川郡池田町字千代田地内三角沢崩壊地復旧工事に原判決別紙第一図面B型のコンクリートブロツク一五六・一平方米を製造使用したほか、継続的に昭和三七年、昭和三八年中にも右支庁長発注の請負契約にもとづく各工事につき右図面A型およびB型のコンクリートブロツクを製造してこれを使用したこと、(2) 右コンクリートブロツク製造のために要する設備としては、右型枠のほかに特段の設備を要しないが、訴外山添は昭和三九年四月頃右コンクリートブロツク製造用の型枠の全部である二〇〇組(A型一三五組、B型一六五組)を一審原告北州林業に代金二〇万円で売渡すとともに、右コンクリートブロツク製造に従事する従業員一〇名のうち二名を同一審原告に提供し、爾後訴外山添は、コンクリートブロツク製造に関する事業をやめて、同一審原告が製造する右コンクリートブロツクを購入使用するにいたつたこと、の諸事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
元来先使用による実施権は、意匠登録があつたときに当該意匠の実施である事業をしている者またはその事業の準備をしている者に与えられる権利であつて、意匠登録があるまでは、右事業をなしまたは準備をしている者は単に将来実施権者たり得べき地位を有するに過ぎないものではあるけれども、このような地位も法律上保護の対象となるものであり、その意匠実施の事業とともにするときは意匠法第三四条第一項の趣旨に則りこれを他に譲渡し得るものと解するを相当とする。
右認定の事実によると、訴外山添は昭和三六年四月頃、訴外太田重良の創作にかかる本件コンクリートブロツクの意匠を、これが意匠登録出願されることを知らないで、本件意匠登録出願の日以前から他人を介してその意匠の創作者から知得し、右意匠の実施である事業をしていた者として、将来本件意匠につき意匠法第二九条による通常実施権を取得し得べき地位にあつたものであり、しかも、一審原告北州林業は、昭和三九年四月訴外山添から右コンクリートブロツク製造に関する事業設備を譲り受けたのであるから、他に特段の事情の存しない限り、これとともに訴外山添から右通常実施権者たり得べき地位をも承継したものと認めるのを相当とする。
一審被告は、一審原告北州林業は通常実施権の譲受けについて登録をしていないから、一審被告に右譲受けを対抗できないと主張するが、一審原告北州林業は、上記のとおり未だ本件意匠登録がなされる以前に訴外山添から当該意匠実施の事業とともに将来実施権者たり得べき地位の譲渡を受けたものであるから、このような場合においては、意匠法第二八条第三項によつて準用される特許法第九九条第三項所定の対抗要件(先使用権の登録)を具備しなくても、その後に意匠登録をした意匠権者に対しては、右地位の譲渡をもつて対抗できるものと解すべきである。一審被告の右主張は採用できない。
そうすると、一審原告北州林業は、前記一審被告が意匠登録をなしたときにおいて、本件意匠権につき意匠法第二九条にいわゆる先使用による通常実施権を有するにいたつたものというべきである。
(二) 次に一審原告精工コンクリート工業株式会社について検討する。
同一審原告は、その代表取締役次藤慶治が個人として取得した先使用による通常実施権を昭和三九年四月二四日その事業とともに譲り受けた、と主張し、当審における同一審原告代表者次藤慶治尋問の結果により成立が認められる甲第一三号証の記載および同代表者の供述中には、次藤が昭和三八年二月初頃、笹木産業株式会社から右コンクリートブロツク製造用型枠を譲り受け、爾来その製造販売を行つたとの部分があるが、右は後掲の各証拠に照らしてたやすく信用し難く、他に右一審原告の主張する次藤が昭和三二年四月頃から継続して本件コンクリートブロツクの製造販売を行つたとの事実を認め得る証拠はない。
かえつて、成立に争いのない甲第九号証、原審における一審原告精工コンクリート代表者次藤慶治尋問の結果により成立が認められる甲第一一号証の一、二(同号証の一のうち官署作成部分の成立については当事者間に争いがない)、原審における一審原告精工コンクリート代表者次藤慶治尋問の結果および本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、(1) 次藤慶治は、昭和三二年八月一五日頃から昭和三九年四月二四日に一審原告精工コンクリート工業株式会社を設立するまで精工コンクリート工業所の商号でコンクリート二次製品の製造販売の事業を行い、その間昭和三四年頃、たまたま訴外大竹幸一郎から渡島支庁治山課で作成された図面にもとづき原判決添付別紙第一図面表示のコンクリートブロツクの製作を依頼され、その指示に従つてこれを合計四、〇〇〇個製造して訴外大竹に引渡したことはあるが、その後は需要がなかつたため右コンクリートブロツクの製造をした事実はなかつたこと、(2) ところが、次藤は昭和三八年六月に至り、右コンクリートブロツクの創作者である訴外太田重良から右コンクリートブロツクの使用により土木工事の経費、時間が節減できるからこれを広めたいとの話を聞き、再びその製造を行うこととし、その頃右コンクリートブロツク製造のための設備である型枠を製作したこと、の諸事実が認められる(当審における一審原告精工コンクリート代表者次藤慶治の供述中、次藤自身が製作した型枠は木型であつて、それ以前に笹木産業株式会社から金型を譲受けたとの部分は、原審における一審原告笹木産業株式会社代表者笹木源次郎尋問の結果に照らしにわかに信用することができない)。
右認定の事実によると、前記次藤慶治は、訴外大竹の注文により、その指示に従つて本件コンクリートブロツクを一時的に製造したに過ぎず、未だ継続的に本件意匠の実施である事業をした者とはいい難く、また、右次藤が本件コンクリートブロツクの製造を再び開始したのは昭和三八年六月中であつて、一審被告により本件意匠の登録出願が行われた日である昭和三八年五月三一日よりも後のことに属するから、いずれにしても、一審原告精工コンクリートが本件意匠権につき先使用による通常実施権を取得する余地はないものといわなければならない。
五、そうすると、一審原告北州林業の製造販売にかかる原判決添付別紙第一図面表示のコンクリートブロツクは一審被告の有する本件実用新案権の権利範囲に属さず、また、同一審原告は一審被告の有する本件意匠権につき先使用による通常実施権を有しているにもかかわらず、一審被告は、上記のとおり右一審原告のコンクリートブロツク製造販売行為を本件実用新案権および意匠権に対する侵害と主張して現にその差止めを求めているのであるから、一審被告に対し、右差止請求権の存在しないことの確認を求める一審原告北州林業の当審における請求は正当であつてこれを認容すべきものである。しかしながら、一審原告精工コンクリートは一審被告の本件意匠権にもとづく差止請求権に対抗し得る権限を有しないのであるから、一審被告に対して右差止請求権の不存在確認を求める同一審原告の請求は失当として棄却を免れない(なお、上記訴の交換的変更により、原審における一審原告北州林業、同精工コンクリートの変更前の請求はいずれも訴訟係属を喪失し、この点に関してなされた原判決は当然に効力を失つたものである。)
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山孝 田中恒朗 島田礼介)